Ayu in Taiwan

台湾で生活しながら、日々の暮らし、旅行、そして中国語や心のことなど綴ってます。

臺北玫瑰園(台北バラ園)

「梅園に行くようになったらそれはもうジジィなのよ」
とよく見るYouTubeのおじさんたち(と言っても30代40代って、私からしたら若いよ?)が自虐していた。
ジジィ度は梅園が1位で、薔薇園が2位らしい。
れっきとしたババァのほうなので、2位の薔薇園に行ってきた。と言っても少し以前のことだ。日本は今くらいが一番いろんな種類のバラが咲いている頃かな?台北はもうバラの季節は終わってしまった。私が行った頃が一番いろんな種類が満開だったと思う。

臺北玫瑰園Google マップ
ちょっと古風な感じの門には台の字より難しい臺の字がよく似合う
玫瑰(日本語読みならマイカイ?)はバラの意、中国語で薔薇とはバラとはまた少し違う植物らしい

それにしても、なぜ人は年齢を重ねると植物に興味を持つようになるんだろう?

若い時は母がいろんな植物の名前や育て方を知りたがったり、親戚の家に行った時など株分けしてもらった何らかの植物を嬉しそうに庭に植えてるのを見て、まぁ母が嬉しいならいっかくらい思ってた。あまり共感はしてなかった。

なのに、いつの間にか自分もそうなっていた。

台湾にいるから、日本では見たことない植物もたくさん見かける。今ではGoogleレンズという便利なものがあるので、初めて見る植物も写真に撮るだけで簡単に検索できる。知ったからと言って、何かある訳でもないし、なんだったらしばらくしたらかなり忘れている。でもつい調べたくなって、名前や特徴やどんな地域に生えてるかとかを知って、なるほどーなんて思って、ただそれだけ。

なんなんだ、この意味のない行為は?

そしてこの植物の話、一定以上の年齢の方とするとちゃんと盛り上がるから、こうなるのは私だけではないようだ。もちろん若い頃から植物に興味があったという方もいるだろうけど。

これは人間が加齢と共に備える機能なのか?
もしかしたら、長く生きていると生命を感じるもの全てが愛おしくなるのかもしれない。
上手く表現できないけど、植物に対する興味は年齢と共にできる心の隙間を埋めるのにもぴったりな気がする。

私の心が隙間だらけだったからか、薔薇園で写真を撮る手が止まらなくなってしまった。

この色合いと造形ってなんでこんなに多くの人を魅了するのかなぁ、本当に見飽きない
しかも同じ種類でも少しずつ違うから気が付くと写真撮り地獄に迷い込んでしまう

曇りだったのが残念だったなぁ、それでもバラはきれいだけど
松山空港が近いので、飛行機も大きく見えた

バラ以外のお花もみんな個性的できれいなんですよ!

だんだんバラは蕾も完璧だ!と思い始めて、写真フォルダーに蕾の写真が貯まりだして、さすがに自分でも怖かった

ここにいる多くの人が、誰が撮ってもそこそこはフォトジェニックな花の写真を必死になって撮って、撮ることだけで満足しているんだろうなぁ。そんなことは分かってるけどやめれないし、しかもこうやって少しでも誰かに見てもらいたいって気持ちなんなんだろう?
子どもの写真やペットの写真に通じるものもあるかも?

ちなみに私の母だが、彼女はいわゆるグリーンフィンガーで、どんな初対面の植物もわりと上手に育ててしまう。
引き換え私は、お世話が一番簡単ですと言われたものさえ枯らすので、自分で育てるのはなかなか踏み切れない。

これなら育てられそうな気がするし、可愛いなと思うのはエアプランツなんだけど...ほっておいても枯れなさそうだから。いや、これが枯れたらかなりへこむだろうな。