酸梅汁を飲む
息子が遊びに来てた時、酸梅汁を飲んだ。
酸梅汁は、中華圏では広く飲まれている飲料だ。日本でも売ってるのかな?簡単に言えば梅ジュースだけど、日本の梅ジュースとは違う。
烏梅という漢方の材料でもある、黒く燻された梅干しを使っているので、少しスモーキーな風味がある。そして、中華圏の梅干しは日本のほど酸っぱく作らないからか、酸梅汁も酸っぱさはほんのりしかない。
酸梅汁には、ちょっとだけ思い出がある。
大学時代、北京から先生が何人もいらっしゃっていた。なので、私はその先生達から、北京へのイメージをふくらませて、北京への憧れがどんどん強くなっていた。
絶対、北京に行きたいと思っていて、留学できた時は本当に嬉しくて、毎日、北京にいるというだけで、自然と笑顔になってしまっていたなぁ。
という思い出はさせおき。
先生たちはだいたい、教員用宿舎に住んでいて、私はよくいろんな先生のお宅におじゃましていたんだけど、今思えばかなり人見知りな私が、中国人の先生たちとは一生懸命交流しようとしていたんだなとびっくりする。
もちろん、誰とでもすぐ仲良くなれる夫の力も大きい。当時先輩だった夫はそのコミュ力とまあまあ中国語ができるほうだったおかげもあってか、中国人の先生全員から、絶大に好かれていた。だから、私も夫と一緒に先生のところにおじゃまさせてもらっていた。
その中の1人の先生が、とても知的で優しくて、いつも穏やかで、こういう人を知識階級と言うんだろうと思った。
その先生が、やっぱり夫のことをすごく可愛がってくれていて、毎年夏になると、手作りの酸梅汁を振舞ってくれた。たくさん作れないから、家族や親しい友人以外にはあんまり飲ませないんだけど、と言いながら。
夫と、そして夫の彼女だということで、同じように可愛がってもらっていた私は、特別にこの酸梅汁を飲むことができた。
その時、私はまだ中国に行ったことがなくて、この先生の手作り酸梅汁が初めて飲む酸梅汁だった。
甘酸っぱくて、なんて美味しいんだろう!こんな美味しいジュース飲んだことない!と思った。
先生の宿舎は、畳敷きの部屋と台所だけだった。地面に座って生活するという習慣のない中国人の先生はいつも台所のテーブルに私たちを座らせてくれたと思う。それとも畳の部屋にテーブルを置いていたかもしれない。
爽やかな半袖のワンピース(たしかご自分で作られたと言っていた気がする)を着て、おかっぱの髪を髪留めで軽く止めている先生の姿は、本当に知的な感じがしたし、高い学歴を持ちながら、工夫した料理やお裁縫が得意なことからも苦労してこられた方なんだろうなぁというのがわかった。(これくらいの年代の中国の知識階級の方は、だいたいとても苦労しているし)
とにかくそこで、夫と飲んだ酸梅汁の味が忘れられない夏の思い出だ。
その後、中国に住むようになって、いろんな所で酸梅汁を飲んだ。
初めて売っている酸梅汁を見た時は、あ、先生のだ!と思って、嬉しくてすぐ買った。でも、飲んで見ると味が違う...先生の手作り酸梅汁の美味しさに遠く及ばない。
甘ったるすぎるし、スモーキーさが強すぎる...。
その後もその後も...ずーっと美味しい酸梅汁に出会ったことがなかった。
だんだん、あんなに美味しい酸梅汁はもうないんだろうと思って、売っていても買わなくなっていた。
息子が台湾に来た時、博物館を見学しに行って、たまたま博物館の近くで見つけた老舗の飲み物屋さんのGoogleマップの評価に、酸梅汁が昔ながらの味で美味しいと書かれていた。
普段なら、そう書かれていても、先生のとは違うからと買わないんだけど、この時は急に買ってみたくなった。
あれ、今までと違って美味しく感じる!
けっこう甘かったかもしれないけど、蒸し暑い気候にはこのくらいの甘さもいい感じに思えた。
売ってる酸梅汁をここまで美味しいと思えたのは、初めてだったかも。
もちろん先生のには及ばない。あれは、かなりの思い出補正もかかって、もう記憶の中にしかない味だから、及ぶはずもない。
でも、美味しい酸梅汁に出会えたのは、嬉しかった!しかも台湾で。
私はずっと、上海の酸梅汁が美味しくないのは、南方だからで、北方に行ったらもっと美味しいのに出会えるのかも?と思っていたんだけど、もっと南で出会えるとは!
でも、自信がないな、美味しいのに出会いたいと思うあまり、美味しいと思い込んだだけなのかも?
私と同じように先生のより美味しい酸梅汁は飲んだことがないし、きっと存在しないと言っている夫を、今度この店に連れて行こうと思う。
夫はなんて言うかな?
S先生のほどじゃないけど、ここのも美味しい!と言ってくれたら嬉しいな。