靴を捨てて、しんみりしたりする
靴を捨てた。
玄関に2足捨てようと思ってた靴を並べていて、出しっぱなしになってると思われるのが嫌で、朝、夫に「もう捨てようと思って」と言った。もちろん捨てようと思って出したんだけど、言ってしまったから、本当に捨てなきゃと踏ん切りがついた。
別に高い靴ではない。なんでもないスニーカー。
夫は「これ、D棟の時から履いてたやつだよね?」なんて言いながら出かけて行った。上海から戻って最初に住んでいたのがマンションのD棟だったので、そのマンションを私たちはD棟と呼んでいる。
そこには15、6年前に住み始めたので、そのスニーカーも10年は履いていた。靴底も中敷もかなりすり減って、色もかなりくすんでしまった2足のスニーカー。履きやすくて、形も好みで、一時期こればっかり履いてたなぁ。
服や靴って、特に高い物を買ったりはしないんだけど、とても長持ちするから、何年も何年も一緒にいて、それがあることが私の人生で当たり前な気持ちになってくる。昔の写真を見ると、当時自分の定番だった服や靴が頻繁に写っている。
でも、一生ものではない。
この靴たちも少しずつ履き古し、いろんな所がすり減ったり傷ついたり、そしてだんだん履かなくなった。それでも靴箱にいつもいて、出かける時はとりあえずあてがってみるけど、なんか違う気がしてまたしまうを繰り返していた。そろそろバイバイかなと思いながら、なんとなく捨てる機会を失って。
そこまで思い入れのあるスニーカーではないから、絶対取っておきたい!とかではないけど、なかなか捨てられなかったのは、当たり前にあると思っていたものを無くしたくない気持ちだろうか?
私は、あんまり昔のことを覚えてられなくて、なんでも忘れてしまうので、時々夫を悲しませてしまうんだけど、ふとした瞬間に、あの時着ていたお気に入りの服、もうないんだよなとか、あの頃いつも履いてたあのブーツももうないんだよなとか...そんなどうでもいいことは思い出したりする。(だったらもっと大切なことを覚えておいてという夫の心の声が聞こえる)
そして、なんだか永遠に続くと思ってたことが、そうじゃなかったんだと、話を大袈裟な方向に考えて、しんみりしたりする。
全部自分で捨てたくせに、何言ってんだろうこの人と思うけど。